用語集

ボワヴァン、ルネ1【ジュエラー/メゾン】

Boivin, René

パリのゴールドスミスの家系に生まれたルネ・ボワヴァン(1864-1917)は、兄の許で徒弟修業を積み目覚しい彫金家となる。彼は1890年に独立し、1893年に有名なカーテン業者の娘ジャンヌ・ポワレと結婚する。彼女の兄は、やがて著名なクチュリエとなって一世を風靡するポール・ポワレであった。かくしてボワヴァン夫妻のメゾンは、モードの真っ只中で活動するところとなり、時を経ずして名を高め19世紀末の趣味に沿った豪華でエレガントなジュエリーを送り出した。彼はアール・ヌーヴォーにはあまり与せず、ユーモリスティックな高価なオブジェの構成で才能を見せたが、1910年頃にスタイルを変えてアブストラクトなあるいは表現主義的な力強いジュエリーを導入する。それらは後に、ジャンヌによって “バルバル(蛮族)のジュエリー” と名付けられた。1917年の夫の他界を受けてメゾンを引き継いだジャンヌは大いなる才能を発揮し、流行を追わない不朽のジュエリーでメゾンの名声を高める。1912年から1931年までシュザンヌ・ベルペロンがジャンヌを補佐するが、販売店員として入社したベルペロンを養成し才能を開花させたのは彼女である。1932年に才能豊かなデザイナー、ジュリエット・ムタールが入社し、1938年からは娘のジェルメーヌが加わってメゾンは確固とした基盤を築いた。ボワヴァンはアール・ヌーヴォーにはほとんど関心を持たず、代わりにジャンヌは有名な “バルバル・ジュエリー” を復活させ、貴石と半貴石、ゴールドとウッドなど様々な素材による極めて構築的なジュエリーを構想した。1930年代前半は抽象的デザインに特徴付けられるが、1930年代末は動物と植物による自然主義、そしてボワヴァンの独自の動くジュエリーの導入が特筆される。ヒトデのブローチは足が動くように連結されており、カメレオンは独自のメカニズムで体色を変え、ジギタリスはすべての花がトランブランで揺れるといった具合である。ジャンヌは1950年代もクリエイションを続け、1958年に他界した。後を受けてジェルメーヌとムタールが1970年までメゾンを運営。その後もJ.ベルナールのディレクションの下で活動を続けるが、1991年イギリスのアスプレイの傘下に入った。