フランスのジュエラー、ルネ・ラリック(1860-1945)は、アール・ヌーヴォーの主導者として1900年のパリ万博で成功を収め世界的名声を博す。素材価値ではなく芸術的効果を優先するデザインで上流層を魅了するが、着用性の問題から盛期は持続せず1910年代にガラス作家へと転身。特徴とした女性像や自然モティーフはよりシンプルな幾何学表現が次代のスタイルの先駆をなし、1925年のアール・デコ博ではガラス工芸でグランプリに輝いた。