用語集

シェップス、シーマン【ジュエラー/メゾン】

Schepps, Seaman

ニューヨークのジュエリー・デザイナー、シーマン・シェップス(1881-1972)は、アートには高い関心を抱いたが学業に身が入らず20歳でニューヨークを離れアート関連商品を売り歩くセールスマンに身を投じる。ロスアンジェルスに着いて間もなく、小さな店を開いてオブジェ・ダールやアンティーク、わずかながら自らデザインしたジュエリーを販売。1916年には友人のジョージ・ファーストとともに、家具と装飾品の製作と商品化のためにヴァージニア・ストゥディオを設立する。しかし、彼の関心の中心はあくまでジュエリーから離れずピンやブレスレット、その他の小さなアイテムのデザインを行って大きな成功を得るが、その名声を捨ててニューヨークに戻りショップを開く。彼はパリの流行、特にシュザンヌ・ベルベロンとブシュロンのジュエリーに影響を受ける。1929年の株価大暴落によって築き上げたすべてを失うが、1934年マディソン・アヴェニューでショップを再開すると1940年代にはエレガントで裕福な女性顧客層の支持を確固たるものとした。彼は大きく大胆なジュエリーとカボション・カットの宝石を好み、品質や素材価値よりもカラーを重視した。スペクタクルな効果を狙ってそれらを組み合わせたことから、クラスター・スタイルと呼ばれる独自のスタイルを確立。高価な素材にこだわることなく、人工のターコイズやコーラルも採用し、アンティークのパーツやアイヴォリーのチェス駒などもエレメントとして組み合わせたが、最も有名なものは自然の貝殻および巻貝をそのまま組み込んだジュエリーで大量にコピーされた。彼の死後、娘がメゾンを引き継ぐが1990年代の始めにトリアノンに売却された。